2021年4月20日火曜日

崇峻の決意

 仏教伝来以来、崇仏、排仏の論争はどんどんエスカレートしていった。

それは、氏族間の争いにまで発展し、物部、蘇我間の抗争は、互いに相手を滅ぼすまで止まない様相をていしてきた。

崇峻は考えた。

「外来の先進文明には、人々の生活を豊かなものにする優れたものが沢山ある。

我々の旧来の土器に比べて、陶器というもののこの輝きはどうだ。そして軽くて丈夫だ。

旧来の銅や青銅も良いが、鉄の持つ頑丈さ、刃物の切れ味の良さ、実用性の高さ。

そして紙!こんなにしなやかで薄い物に、全ての言葉を書き残し、伝達するにも良い。小さく畳むことができるので持ち運びの良さは比類ない。さすがは西方は浄土天竺なのやもしれぬ。これらの文物は、必ずや人々を豊かにし国を富ませる基となるに違いない。

しかし、考えるべきことがある。

今の物部蘇我の争いのように、異文明を導入するということは新旧の争い、支配権の争奪戦を引き起こしかねない。いや、すでに血で血を争う事態に発展してしまっている。

我が国は左派右派に別れて争っていて良いものだろうか。

しかし、いくら優れている文明であっても、これに魂まで奪われてしまうことは断じて拒否しなければならない。日本人魂あっての日本人だ。

異国の文物は確かに優れたものが多い。だが、これら文明は全て生死をかけた戦いの中から生まれたものだ。

携行に便利な軽くて丈夫な道具器具。狩や農耕にも役立つ鉄は、人々の争いを命を賭すまで激しくさせる。そして紙は多くの秘密同盟を結ばせる。

これらを取り入れるには、激しい両面性を持つこの文明に、これを制御するしっかりした精神が必要だ。それは人様の知恵であってはならない。日本人が固有のものとして古来から持っている謂わば日本人魂といったものでなければならないのだ。

よし、いささか難事業であるが、ワシには聡明な子がある。心許ないところはワシが力になれば良い。」

崇峻は、神と仏、日本と外国、右派と左派、男と女のことまで、違いを乗り越えるための道を求め、遥かな旅路に歩み出すことになる。


蜂の皇子を都から出羽の地まで導き、道すがら、自らの思いのたけを全て、伝授した崇峻であった。

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