6日に県立歴史博物館で山椒大夫の母子対面の段を見てきた。
山椒大夫と言えば、郷里の福島県とここ新潟県との縁があって興味をそそられたのである。
前段で越後瞽女唄葛の葉会による舟別れの段の語り。
安寿と厨子王が売られて行った先、山椒大夫の屋敷が丹後由良の里であるということに初めて気づいた。探していたものが一つ目の前に現れたのである。
由良の古代豪族は目下の興味の向く所なのである。
博物館ではもう一つの出会いが待っていた。
国土交通省の技術者であった長野正孝氏の、古代史の謎は海路で解ける、という本である。最初の段に丹後半島を舟で横断する道の話が書かれていた。
京から由良に抜ける古代ルートは知っていたのだが、由良から出雲に行く舟の道があったのである。しかも、その途中には巨大古墳群。
赤坂今井墳丘墓もこのルート上にあるのである。
今、胸の高まりを感じている。
0 件のコメント:
コメントを投稿