2013年3月18日月曜日

淡路の久保さんに会って帰る

実は、指宿の次は再び阿蘇に寄って、ファームランドに一泊し、できれば経営者の方にお会いしていろいろお話を聞かせていただこうと道中計画を立てていたのですが、果たせずに帰ることになってしまいました。
鹿児島市に近づくと下のような街路樹が目につきました。
つい、アフリカのバオバブの木を思い出してしまいました。(写真下)



これが本州へ渡る関門橋です。


途中、久保さんに宿の手配をお願いしたので、今日はできるだけ早い時間に淡路に着かなければなりません。ただひた走りに走りました。
広島を通過したところで、福島出発以来3000kmをカウントしました。
倉敷通過中に夕暮れになりました。
僕たちは児島坂出ルートから四国入りし、鳴門大橋をわたって北淡路に向かうことにしました。

夜9時すぎ、やっとホテル到着です。
僕たちにはもったいないようなホテルでした。
久保さんありがとう。


夜は三人で旧交を叙し、近況を交換し、僕たちは阿蘇でふつふつと湧いてきたアイデアについて語り合いました。





翌日は久保さんのにんにく畑に案内していただきました。

にんにくの他に、玉ねぎや金ごま、そのほかいくつかの栽培を準備しているということでした。
久保さんは、放射能被害の福島市から自主避難してこの地に辿り着き、ようやく農業生産を始めようというところです。
過日の読売新聞に彼のことが掲載されています。
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/kansai1308155431752_02/news/20130206-OYT8T00147.htm



久保さん(左)と菅野さんです。
僕たち3人は、事情はそれぞれ違うけど「福島の避難者」仲間です。


僕たちは、福島にあり阿蘇ファームランドのような保養リゾートを一緒に作りたいね、と話し合いました。

この日、菅野さんと僕は福島に向かって一直線、帰途についたのです。
上越市付近では、既に走行距離が4000kmになっていました。

9日間の旅はようやく終わりました。
-------------------------------------------------

次回からは、福島版ファームランドの構想について書き出すことができればいいなと思っています。


0 件のコメント:

コメントを投稿