2020年12月31日木曜日

崇峻天皇妃小手子とその2人の子蜂子と錦代姫の物語

  崇峻天皇妃小手子とその2人の子蜂子と錦代姫の物語


小手子ーー大伴糠手の娘、崇峻天皇妃

蜂子ーーー崇峻と小手子の子。出羽三山開祖

錦代ーーー蜂子の妹。

蘇我馬子ー崇峻天皇にとって代わろうとする野心家

今井道守ー幹夫くん描くところの我輩だな、こりゃ。



小手子親子奥州出羽に向かう

 糠手ら都落ちの旅の途中、

土地の道案内が

『この先を山裾回りに辿りゆかば次の集落なり』

とて去りしあと

踏み地を誤りたるか人家もなくて岡ほとり、

『今宵は野辺の泊りにしよう』

とて人々薪を集め鳥獣を狩り食草を摘むなど動く中、

少女錦代は

『女達の髪飾りにせん』

とて

花を採りつつ木の間に入る。

そこへ 

やけに人声の繁きを不審に忍び来た 

山の民一人が これを攫う。


とっぷり日暮れ、

錦代の不在に

人々大声にあたりを呼ぶも空しく、

翌日、四辺を駆け捜すうち

崖上に錦代の上衣を見出す。

数人して谷底を尋ぬも見当たらず。

『もはや、獣魔物に噛み破られてありしか』

と泣く。

糠手、槲の枝を剪り、崖上に立て、

姫の衣袖一片を領(ひれ)に巻き標(しめ)となす。


折しも糠手、

毒虫に刺されたるか右踵は蕪の如く腫れたり。

歩むに難渋、川俣の地に至り、

茅屋に分宿の 白々明け、里人の騒ぎ罵る声あり。

外を見れば 賊ら穀袋を担ぎ丘を這い行く。


老いにしとて

大伴糠手もとより武門、

弓執って 賊二人の尻脚を遠矢に射る。

郎党駆けて捕らえ詰問すれば、

「頭目なるは鉱脈探す 新羅人なり」

と。

糠手、二人の縄を解き、

「盗みはすまじ」

と説諭し放つ。


翌朝、未だ歩けずして止まる宿の庭に、

四足を藤蔓にて巻きたる 大鹿の置かれてあり。

山人の礼物と知る。

 里人あげて感佩し、

里長今井道守(いまいのみちもり)曰く、

『この辺は賊多し滞留願いたし』

と。

足の病みたる糠手、

『錦代の隠れたる所より一日道なれば』

の思いもあり礼して諾なう。

里人 急普請に館を設ける。


 小手子は

蓬を集め川水に揉み父の足に当てる。

三十日ばかりにて足は癒えた。


そこで父は

『この地に留まるべし』

と言う。

『馬子の勢い届かず、

また郎党の幾人か

里娘と離れがたきまで馴染む。

さらに出羽は北辺にて寒さ酷なるべし。

また、この地の水のよさ、

わが傷癒したる神明の地なり。

 今井道守が小山の麓を糠手に供す。

(女神山の麓、月館側に「糠田」の地名あり、こじつけ可能です。

また川俣福沢に「糠戸の内」の地名もあります)。


館の傍らに大なる山桑あって

近辺の野山にも処々に見る。

そこで小手子、

人を下野(しもつけ)まで遣わし

蚕種を持ち帰らせる。


養蚕は天皇家代々の后が行いし業、

三年四年と経るうち 

この里には

小手子に教わり蚕を飼う者多くなり、

手末調(たなすえのみつぎもの)として献上するほか

商布(たに)としても交易の用を弁ずる。


調を運ぶ使いには別に一反、

これは

小手子創案の鳳凰模様を織りなしたものを持たせ

河内の崇峻へ届けさす。

自身がまだ生きてある証なり。


 ある年の夏、

今井道守、糠手が館へ向う道すがら

土手下に田の草を取る女達三人の尻を見る。

(うーむ、やはり女はケツよ。

若いおなごのケツよ、ええなぁ、ええのぅ)。

(まるで僕の先祖はエロジジイだったような)

 見惚れる隙に

路上へ浮き出た木の根に躓き

土手をもんどり転げ落つ。

運悪く、

何百何千年か前にどこかの火山より降り来たった

大なる疣石へぶつかり

ひざの皿を割る。

さらに反動で

顔面をも鼻から打ちつけ

「ぎゃっ」

とおめいた声に

娘ら驚き、すわ大事と一人が糠手の館へ知らす。

 

郎党が戸板に載せて運べば

小手子

自ら傷を洗い薬草を施し、

また戸板にて家へ届ける。

後も折にふれ見舞し、

草も換えして顔膝ともに膿みもせず、

痛みはあれど

数旬に 杖立ちならば叶う身となる。


馬子の陰謀、天皇仕逆


蘇我家の宰領する十日市は畿内随一の繁華を誇り、

また朝廷に重きをなすによりて

百済 新羅 高句麗の使者を迎え、

内外の宝物 財物 穀物は倉廩に満ちて

天皇家を凌ぐばかり。

 馬子の飽くなき物欲、

さる日、

『女房が崇峻妃の着せし綾織と同じ文様を

河内者に見たり』

と妬み顔して語るを聞く。

『兵を集め

崇峻よりそを奪うは容易なれど

卵を得んとすれば雌鳥を奪うにしかず。』

健児(こんでい)を集め、衛士や調庸を司る吏員、

相撲人や采女(制度化は奈良平安以降)に関わる者ら、

およそ京畿より陸奥へ下る者ら

なべて川俣の地を過ぐるにおいて

「蘇我大臣は

小手子妃帰還なれば皇太后の礼を以て遇する

との思し召しなるよ」

と触れさす。

 

その一方、

河内の崇峻へ新羅渡りの悪僧を遣わす。

この僧、

『護摩壇に用ゆるに験あり』

と蜜多羅樹(創作名)なる香木の鉢を持参、

崇峻と薬園を歩みつ

その葉を二枚毟り取り

一枚を自ら口に噛む、もう一枚を崇峻に与え、

崇峻またこれを噛む。

天皇

位を去りてより毒見の薬子を置かぬに慣れたゆえ、

また相手が高僧なればとてのこと。

この僧、

手品師の用ゆるパームの技法で予め指間に別葉を挟み置き、

自らは香草を食み、崇峻に与えたは南天の葉なり。

数呼吸にて崇峻、

胃の腑蠕動し悶え吐く。

 悪僧、崇峻を斜めに見おろし曰く

「仙骨の柄なくんば仙丹は毒なり、

仏法にても同じ理、

いかに尊者の名を誦し偈を万遍唱うとも

汝、

この蜜多羅樹を吐き戻すにおいては悟入の道なし、

凡夫の餓鬼骨曝し 一世を終ゆるの他なし」

 

それより崇峻、屈辱の念去らず病臥し日々重る。

薬草の庭に満つるも 用いて効なし、

夜毎新羅僧の罵詈讒謗を反復し悶う。


飛仙天狗の誕生


 頃しも月山の蜂子、

その夜は急峻なる崖の中ほどなる岩窪みに休みおりしが

例夜になく鳥獣の鳴き騒ぐを訝しく

岩ほとりに出る。

月光は夜露含みて赫々たり。

時に地鳴り諸共岩畳揺れ、

森より湧くは無数の鳥、

獣の騒ぎも立ちて揺れ増す。

岩間の松が根こそぎ倒ると同時に

足下の岩が崩れ

蜂子は虚空に放たれる。

呼吸もならぬ落下の中、

『己は死ぬるや』

の念とともに

脳裏に湧きしは母の俤なる。

温和と慈愛、許しと励まし、

俤へ手を差し伸べ

胸に空を吸い込めば

垂直降下より僅か水平の働き覚え、

念を増してさらに横へ流る。

眼下に滝壺の光るありて

その淵に落つ。

命延びたり。

「己は迦楼羅(かるら)になる」

修行、激しさ増せり。


 孤独の淵


川俣の小手子、

蜂子の恙無きを願い消息を欲せしも

出羽を知る者にてこの地を通るは無し。

 

逗留して五年目の冬、父糠手が咳熱、瘧を発して死ぬ。


 鳥への化身術を得た蜂子、

鳥瞰の力もて

川の一角を均し 沃野になすなど

衆の讃仰を受く行いなして次第に仲間増えたり。

当初より乳兄弟の男二人、

背高(せいたか)と紺柄(こんがら)が副将格でつく。

 

また蜂子は

幾度か畿内へ飛び崇峻の住まいを知るも

鷹に化身して訪うた夜、

崇峻は馬子への恨みを叫びつ悶死する。


 川俣にては

今井道守、小手子に向いて曰く

「身分違いは承知で言うのだ。

俺の家に来てくれ、

なあにどこぞの大臣相手だとて俺が守るべえ。

こう見えても

ひと声挙げれば腕っ節の若い者、百や二百は集まる俺だ。

大和者の勝手にはさせねえ」

 そを小手子は否みぬ。


身分にはあらず、

片鼻潰れたる道守の面相を厭うにもあらず、

ただこの里の男たる、

偉ぶるか卑屈たるの二辺のみにて

文読む者とてなかりき。

道守ならずとも

誰それの身体病痛みあれば薬草摘もうなれど、

日々共に物語すは気疎し。

長年従う嫗や里娘 下僕数人にて

小庵へ移り機織を日々とす。

 


かつて盗みを働きし山の民の一人は

年に一二度訪れ世の有様を語る馴染なり。

出羽の地につき尋ぬれば、

『かの地の猪は美味なり』

との答にて詳らならず。


 蜂子の副将背高が

修験広めに川俣を訪れたり。

花塚山を足懸りに歩み暮らせば

土地の好奇人、

その姿を偉丈夫と見て幾人か歩みを習う。


 その年、馬子の家人が 河内にて

川俣より使いしたる者を捕え責め、

弓馬の兵十名と下人十名にて大和より下る。

 道守に曰く

「小手子様を出さずば

 里皆焼払わん」

 道守否む。

 兵の頭目、弓を振りて指し示せば、

得たりと手の者、松明を一戸に投ぐ。

藁に茅に忽ち炎したれば

内より襤褸着物に炎した男の悲鳴し出でたる。

兵士ら面白げにそを射る。

里人恐れたり。

なれど

敬慕する小手子の住まいは誰も言はざりき。

 

兵らその夜は今井の館に入り、

家中の男は外に出だし 酒食に興じ狼藉す。

 翌日、

里人より話聞いたる小手子、

道守の前に現れ、兵と共に往なむと告げる。

道守止めたり。

「いや、

きのう殺さっちゃ男はお前様は知んにべげんちも、

三岐乎つう、里一番の鼻つまみでな。

そこらじゅうに迷惑ばっかし。

あだ男は死んで世のため人のため、

つまんねえ男なんだでば。

ほだがら、みんな止めねがったんだわい。

憐れんでやっこどねんだ。

いいがら隠っちっせ。

俺がなんとかすっから」

 

かつて糠手の従者たりし屈強の輩は 皆出羽へ赴き、

近里へ童を走らせ危難を告げたるも 応援は来たらず。

 

道守の心積もりは

小手子昨年他界せりと述べ、

里の見目良い娘一人二人と 穀類幾許かを付け

兵士らに 引き上げを願う筋書きなる。

 

しかし頭目曰く

「汝の言は嘘なり、

おれは 先ごろ皇太后にまみえし男を知りぬ。

疾く住まいへ案内せよ」。

弓先にて道守の胸を突き、

さらに振り上げ打たんずる構え。

「いかな用のありしや」

進み出た女の声調 まさに大和音なれば 頭目喜悦す。

 

その小手子の袖を握りて側に立つ嫗は

長年仕えの傳女なり。

兵士らを睨み、

『一指なと姫に手を出さばこの婆が取り拉がん、

いやさこの婆 殺さりょうと

お前ばかりか子子孫孫まで呪い祟りてくりょう』

との険しき面立ちなり。

 兵ら、二人を馬に乗せんとすれば

嫗、

「姫のみ連れ、

我を馬の背に縛して追い払わん魂底見えしかな」

と拒む。

詮無きとて歩み始めれば、

眦決し男達を見据えて 伸びた腰のすぐに二重、

糸を紡ぎ機を織る


黒塚の鬼女


長き暮しは赤子ほどの歩みとなる。

都への道に足重かるは小手子も同じ、

卑俗にして強欲、常に赤黒き唇を濡れ光らせた

馬子の面相を思い出せば 屠所への羊。

「かくては大和へ幾歳ならん、

兵の頭目、二人を載す輿を作るべし」

と下知す。

 竹を伐り藤蔓を解き、

近傍の家より戸板を奪いなどして

里外れ、二股道を前に日は暮れたり(現在の仁井町)


 頭目の男は

「小手子を無事帯同して

帰還なれば市の一つを宰領さする」

と馬子の約定ありて、兵の狼藉は停む。

 

夜、小手子と嫗の置かれし茅屋に

見張りの者と馴れたる言葉を交わす声あり

入り来る者は、年に一、二度訪れる山の民なり。

数日前に峠を三つばかり兵を案内せしとなん。

この男、昨夜の事を物語るに、

「安達には

人を喰う鬼女の棲むを聞き及べり。

怖いもの見たさ、いかに鬼とて

女なればおれが腕に余るはなし。

仲間への自慢話にせん」

とて

鬼を知りつ岩屋に宿を乞うた。

げに

鄙にもまれな美美しき若いおなごの笑みて現れ、

これが鬼女にてあろうはずなく 

主を尋ねたれば独りに暮したる言。

『妾は棄児なり、

稲の幾束かにて売られ貰わること三度、

最後の親はここに果てにき。

以来早や二年、

独り露を飲み草の根を掘り命を繋ぐ。

そなたの男ばえ、いと頼もし。

共に暮さんず。これ食べや』

塩に漬けたる木天蓼を薦めてくれての、

酒まであり鍋には粥の煮えたる。

 ここを鬼女の棲家と教えてくれたは者は

笑わす戯れなら言い述べすれど

人を偽る虚言はせぬ仲間、

「十分一の疑念あるより酒は飲みし」

と見せて胸へ零し

『これより近里へ狸と鼬の皮を売りゆくゆえ

今はとどまるべからざれど、

さよう、数旬後会津の岩塩など持ちて候らわん』

など嬉しがらせを述べ、

食べ酔うたふりして藁床に臥しけり。

粥にて腹の暖まりしかば一頃ばかりまどろむ。

小便せんと外に出る。

実は先刻来

カツーン、シャシャシャ、コツーン、シャシャシャ

鳥獣の声ならぬ音ありて目覚めたる。


 外に出ると な、何とあの娘が刀を研いでおる。

山刀と、箙刀に似た小さな二振り。

満月も近き皓々たる光に

そをかざしニッタと笑う顔の凄まじさ。

口は目まで裂け、

牙にも似たる歯を反らしたる。

これなん

まさしく人の肉を食う鬼女なり。


おれは思わず後じさると溝へ足を落した。

バキバキッと音しての

薪でも踏みたるかと思いきや、

人の骨よ、枯れ骨よ、頭骨もありたる。

女が音に気づき顔を向ける。

『見たなーっ』

悪鬼の笑み浮かべ刀を手に歩み来る。

熊猪の類なら相手のしようも承知なれど

鬼女への押し引き術は無かりき。

おれは飛び退って岩屋を離れる。

とっさに標杭に掛けられしこの領布(ひれ)をもぎ取り

逃げ出したわ。

「飯の折に、実親を知るよすがの裂(きれ)と女の語りしなり」

と男の出したる裂を見て

小手子の顔色変われるを構わず話は続く。

「仲間へ語るに嘘偽りではない証しよ。

岩を一つ二つ跳び、

鬼女に神足なかりしを安堵も束の間、

女の声のあと豺(やまいぬ)の吠え声あって走り来る。

おれは川に飛び込んだ。この裂咥えてよ。

四間ばかりの川を渡り

息は切れたり真夜のずぶ濡れ。

真裸になり服を絞りさても寒きや。

火の欲しけれど手立て無し。

夜の明くるまで歩くにしかず。

『また一つ愚を重ねし』

と仲間に笑わるを思い ただただ歩みたる。

獣皮を岩屋に忘れ来るも、

「そは火と粥との礼にせん。

思うにあの娘、

言葉に大和辺の音混じるゆえ、

兵に連れ立ちたる近江あたりの

浮かれ女が捨てにし娘ならんか」

 男の話のどこまで真なるやは知らず、

目前の裂は端のほつれ濡れ汚れてあるも

まぎれなく錦代に着せたる綾絹の袖なり。

嫗も悟りて息を呑む。

 

小手子は裂の織模様を讃え、

『身一つにて出てきたるゆえ 

代わりに差し出せるのはかような物しかあらねど、』

とて

髪を巻き止めたる連珠を外し譲渡を乞う。

「ほう、やはり並の裂にはあらずとおれも思うての、

そなた達なら解すらんと来て見たが、

しかし、この襤褸にその珠では落ち着かぬ……

ほう、越の国の珠なるか、なを酷い交換よ。

おれはこれから

今井が主のところで食い物のいく袋かを受ける

その値、鼬と狸の皮ばかりの品で良いのだ……

いや、それは済まぬな。

そうか、ならば

今度の春には籠一つの鮎と鹿皮を持ってきてやろう。

あ、いや、大和へ行くのであったな。

あそこはおれも一度通ったが

欲深者の溜りでよ、

人を斜めに見くさる者が多いわ。

狭き所に人多きは悶着の種、

またどこぞで会うこともあらん、

お前様、その時困っておいでなら

おれを頼ってくれろ、

いやさて遅くならぬうち 今井が主へ参じよう」

 男出て行きぬ。

「山の男は皆無口なるに

あの者ばかりは相変わらずにようしゃべりますな」

嫗が言えば、

「一人幾月も山中にて話し相手なきゆえであろう」

小手子が答う。

女二人錦代の思い出話を繰り返し、

さらに蜂子の身を案じつつ 筵床に伏しぬ。


小手子の死


眠りもせで小手子、我が子の鬼になりたるを悔ゆ。

『無邪気な童女の などて鬼に変ずるや。

前世の因果は腑に落ちぬ。

ひとえに衆を救うに努めきたりとせる我が身とて

折には憎み怒りを覚えしもある。

わけても蘇我の大臣の顔など

見るも疎ましきぞ。

すれば我が身また鬼となるや。

 嫗の枯れた鼾を隣に夜は更く。

つと起きて忍び出たり。

見張りの男には下の用と断るつもりが、

その見張り、他の者無きを幸い、

昼に目混ぜせし女の小屋へ行きたり。

このあたりは以前に機織を教えもして幾度か往来せる。

 

満月を映して満池あり。

小手子、叢より一歩踏み入れ、

胸騒ぎにためらいしかど

更に一歩進めば 足冷たきに脳芯ばかりは火炎の如く、

過去世に見し物見し人 おしなべて集い来たり

足は積泥に滑り、

後ろざまに倒れ滑りて全身を没す。

いっときもがきたるは

生きたし五体の騒立ちたるにて

死にたき心のゆえにあらず。


 朝まだきに里人は罵り叫びつ

泥塗れの小手子を引き上げたり。

嫗、

小手子よりなお蒼白の面にて

そを洗い清め

蘇我大臣への悪口はじめて怨言をなす。

 兵の頭目とて怒り心頭、

見張り役の男を二度三度と力任せに殴りしも

死者を甦らすに術無し。

死に首提げて帰りても罰を受くるは必定、

大和への帰路、

兵も下人らも三々五々、

さる国司に仕うるもあれば夜盗の群に投じるもあり、

結句帰りしは二、三にて他は霧消せり。

そは後日の話にて、

今、嫗が嘆きつ小手子の身を拭う川べりに

榎あり枝に止まれる烏の頻り鳴く。

これなん蜂子なり。


蜂子天狗


月山にて

糠手の元従者より小手子の安着を聞き

昨夜飛び来るも遅かりし。

『我在りたればかくも身を棄つるほどな仕儀にさせまじものを』

と泣く。

 今井の主が来たりて愚痴を並べ、

兵の頭目に向いて言うよう。

「おのれらが殺したるぞ、

かくも尊き心映えあるお方はまたとあらじ。

弓と力にて人すべて動くと思うな」

 榎の烏の飛び立つ。

烏は中空にて隼と変じ

さらに高くにては鷹となる。

蜂子、月山に泣き伏す。


聖徳太子


 馬子の住まいを得んものと大和へ向いし夜、

近江の海を眼下に飛ぶや

突如長柄の矛に遮らる。

漆黒戴星(うびたい)の駒に跨れし長袖者あり。

「おうっ、そなた蜂子にあらずや」

「やっ、厩戸の……

「近頃、飛行夜叉(ひぎょうやしゃ)ありとて待ちたる、

何とそなたなるか。

出羽に住まえば羽の生ずるは理なるも、

その面変りは蛇蟾蜍など喰らいてか。

おれが後なる摂政皇位には お前をと目せし日もあれど 

その面体にてはかなわじ。

何用ありて往来する」

「父死せり、母死せり、

因はともに嶋の大臣(おとど)なる。

報せずんば措かず」

「あれはもとより下根なれども

唯一商賈に才あり。

国と国との交易に宝物は必要なり。

ゆえに本来仏法は天地の理を述べたるも

あの者は蓄財の利のみ解したる。

そなた、飛翔の術を得たらんは

仏法の深奥一つを解すと見ゆるも未だし、

その面相変るが証左なり」

「皇子、

優れて聡明なるは 人皆知るところなり。

ならば問わん。

皇子の傍にあるは

綺羅弁口を飾り 

一時の栄を得んとする者のみにあらずや。

誰か一人なりとも死生を共にし 

心血の紐帯を結ぶ者ありや。

皇子が言をなせば

『然り左様尤もなり』

と肯ずる者ばかり。

今の宮居も長くはあらじ」

「はてさて蜂子、

先年来出羽に徒党を組み

我らが使いを受けぬ衆あるを聞きしが

そなたなるか」

「国は大和宮家の国土にあらず。

非礼には非礼を以て応えん」

「ならば戦となるが、よきか」

「引かず」

「よし、次なる満月に、

これより東、常に雪を頂く孤峰富士の上にて会わん。

わしら馬子も連れ 相当な兵数もて向う。

そなたもあるだけの兵力にて来るがよい」


富士の決戦 (だんだんと筒井康隆調になる)


 蜂子、月山に戻りてからは

会衆の者らに飛行の術を伝え練磨すること厳にして、

いよや決戦の日となりぬ。

 両翼五十間の大迦楼羅になりたる蜂子を先頭に

小迦楼羅の背高と紺柄が従い

鷲、鷹、隼の群れなる、中には烏や鳩もおり

後尾には梟も混じる 

総勢千余りの鶴翼の陣にて霊峰見ゆ。


「待ち居いたり」太子の声月夜を裂く。

 長矛小脇に漆黒の駒に跨るは先夜に同じも

墨色衣の下に甲を着け、後ろに従うは五百の軍馬なり。

隣には大臣馬子、

これは巨大なる猪豚に身を変え、

珊瑚樹の角を持ちたる大鹿に跨れり。

後ろに連なるは豚と猪、

その数また五百。

太子の別隣には秦の河勝、牛の大群を引き連れ、

馬子の隣には蝦夷(えみし)が豺狼の群を連れ、

これら四堆の陣をなせり。

 


蜂子ら鶴翼の陣にて

真っ向攻めるは馬子の一陣なり。

すれば太子の陣、

ゆるゆると退き、馬子の陣後方までゆきけり。

漢書に三舎を避く故事あり

蜂子思うに

『これは太子が我に馬子を討たせん配慮なるや』

と。

 霊峰の上、

清浄の大気を胸に吸い取り

呪言と共にそを吐き出せば紅蓮の炎となり

馬子の陣に吹きかかる。

馬子咄嗟に身を沈め、

数間引いて浮き上がる。

前面の豚みな焼豚となり

椿の花落つるがごと

雪の山肌に零れたり。

一吹きに五十や百。蝦夷の軍、側面より攻めるを

背高、紺柄、奮戦して近づくを許さず、

わずか鳩朱鷺など

もとより争闘に不向きな者を倒せしのみ。

しだい馬子の陣と一体になり 後ずさる。

馬子も退く、兵は滅ぶ、

されど 太子の陣の塞がりて ついに引くも叶わずなりて

親子 怯えの眼を見合わせたり。

 

抱腹絶倒の戦いで蜂子の最後


突如二人、衣服を脱ぐ捨つ。

朱を刷いたる面と体の 入道雲が如くに脹れ、

あと一吹きにて倒せるやと息吸いたる蜂子の軍に

二人尻を向けたり。

雷鳴に等しき轟音、

二人の放屁が天地を覆う。

黄塵万丈とはこのこと、

さらに目に染むばかりの臭気あり。

蜂子の軍勢悲鳴して落つる多し。


迦楼羅の蜂子とて

喉の塞がりて目も見えず。

そこへ

「蜂子‼️

の声あり。

牛の頭蓋骨をかぶりたる太子が

掻い込んだある長矛を一閃さすれば

迦楼羅の翼は背より離る。

蜂子敗れたり。

身は真っ逆様、富士の火口に堕つ。

軍鳥散り散りとなる。


 太子、詔して曰く

「和を以て尊しとなす、篤く三宝を敬え」

と。

 

後日談

その1.馬子と蝦夷、死の恐怖を与えたる太子を深く恨み、

蝦夷の子入鹿に伝えければ、

太子薨じてのちその子孫を誅せしは入鹿なり。

その2、三百年ほどくだりて富士の噴火せる。

下野の官の牧に飛来の石あり、高さ六尺ばかりなる。

行人、傍らを過ぐるに傷なくして倒る。

鳥獣も近寄らず、土地の者殺生石と名付く。

これなむ、マグマの中に凝りたる蜂子が魂魄、

人を殪すは放射能なり。

 (了)