2020年6月1日月曜日

川崎市の今井神社


川崎市中原区今井神社

川崎市今井(いまい)は、神奈川県川崎市中原区に存在した大字[3]。旧橘樹郡今井村、橘樹郡住吉村今井、橘樹郡中原町今井
1940年(昭和15年)に耕地整理が行われた結果、今井上町今井仲町今井南町今井西町が設置され[4]、大字としての今井は東急東横線の高架下に残っていたが[5]2015年(平成27年)実施の住居表示により今井南町に編入され消滅した。
中原統今井が起源だろう。
現在、今井小中学校が存在している。


鎌倉時代初期の創建と伝わる「今井神社(川崎市中原区)」。
鎌倉時代初期に、小宮筑後守入道道康の霊を祀り創建されたと伝わっています。小宮筑後守入道道康とは、畠山重忠の一族で、この辺りに館を構えていたそうです。
江戸時代には山王社と称していましたが、明治期に日枝神社と改称、その後地域の稲荷社・厳島神社を合祀し、現在の「今井神社」に改称されました。


2020年5月31日日曜日

斗南藩と寒立馬

先日ご紹介した「寒立馬」
意外と福島から連れて行った馬なのかもしれません。

戊辰戦争後、明治政府に追われた会津藩。

朝敵の汚名を着せられ廃藩となった会津藩。

藩士が御家復興の地と選んだ下北半島には
当時を偲ぶ史跡がいくつか残っています。

下記にその史跡が載せられていました❣️
https://simokita.org/sight/tonami/

2020年5月27日水曜日

東京赤坂今井城跡

東京赤坂の氷川神社⛩付近は、平安末期の武将今井兼平の建てたと言われる今井城跡だ。
 
今井兼平は木曾義仲と共に壮絶な最期を迎えているが、「平家物語」の解説も兼ねてそのうちに触れてみたいです。
お城の概要は次のとおりです。

赤坂今井墳丘墓

誠に勝手なことだが、京丹後に赤坂今井墳丘墓というのがあり、これを我が今井家の「先祖様」に見立てて話を進めたいと思う。すべては僕の「妄想」の中のことなので、不都合な真実は見逃していただいて、妄想に付き合っていただきたいと思う。
妄想の根源は、僕の生まれた住所が「赤坂」にあったから面白いと思ったまでで、特に確たる由緒因縁はない。
墳丘墓の当時、日本は「神話の時代」である。
当時、山陰地方は「出雲の神」の調伏の時代であった。
関東の勢力は香取神宮、鹿島神宮を奉じる人々によって出雲調伏に赴いていた。
これは「大和の神」のご指示によって派遣されたものだ。
出雲を抑えるために、その東端に「北面武士集団である今井家が着任して、出雲監視の任にあたったのである。
当時の交通運搬は河川を重用していて、ここから瀬戸内に出る川の道が発達しており、奈良の大和地方に向かう重要な拠点であった。
今の丹後から加古川に至る川筋を辿っていただくと、容易に道筋が発見できる。
大和政権にとって、丹後の地がどれだけ枢要の位置を占めるか、地図でご確認願いたい。
下記のリンクには赤坂今井墳丘墓について書かれているものです。
このあと、途切れ途切れになるかもしれませんが、僕の「妄想」を折りに触れて辿っていきたいと思います。

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174055

2020年3月8日日曜日

お酒の話🍶

1.お尻が痒くなる
 3年ほど前のこと俺は67位だったが、ある冬の夜、寝てから体が温まるとお尻の臀部が痒くなる症状が出始めた。気がつくとそれから毎夜痒くなっていった。
 その頃も今も、俺は暖房も電気毛布も使わずに、雪国の古家で冷たい布団に冷えた身体で入り、やがて自分の体温で暖かくなるのを楽しんでいた。布団が暖まり気持ち良くなる頃には熟睡の境地となる。ところが、深い睡眠が過ぎた頃になると、お尻に痒みを感じる。手で触ってみるとシットリ汗が出ている。
 1週間ほど続いてから妻にこのことを話したら、医者に見せろだの薬を塗れだのという。だが適当な薬を塗っても一向に効き目がないのだ。
 俺は考えた。先ずは汗をかかないようにすること。時々布団をはいで風を入れる。ダメだ。次にパジャマを脱いですっぽんぽんで寝る。これは少し効果があったが十分ではない。もっと良い方法はないか、、、?
(写真はイメージです)

2.犯人は甲種アルコール?
 そうだ、身体のことは身体に聞いてみよう‼︎
 内省検討を始めてみた。
 じっと頭の先から足の先まで、症状が始まった前後に変わった生活習慣・食習慣、静かに考えてみた。そして出て来たのはただ一つ。アルコールだ。
 俺は若い時からアルコール好きで、中でも日本酒党なのだが、近年は果実酒に興味を持って自家製造を始めていた。梅、カリン、ザクロ、ヤマブドウ、ブルーベリー等々。。
 果実酒はこれらの実に35°焼酎と砂糖類を加えて作る。この果実酒は12月ごろになるとだんだん飲めるようになる。そこで俺は日本酒に代えて果実種での晩酌を始めたのだ。変わった食習慣はこれだけだった。日本酒に戻すという選択枝もあったのだが、取り敢えずアルコールを断って見て様子を見ることにした。
 幾日もたたずに効果が現れてきた。汗かきとかゆみが止まったのだ。1ヶ月も続けて症状が出ないのを確認し、日本酒の晩酌を再開した。思った通りこれなら問題なかった。
 また6月が来て、梅やら何やらが店頭に並ぶ季節になる。まだ果実酒への思いを捨てられないでいた俺は、「醸造アルコールならどうなんだろう?」と考えた。店頭から醸造酒の35°を見つけて再び梅酒にチャレンジしたね!
 冬が来て、また飲み始めた。
 結果は同じだった。俺は作った梅酒を全部流しに捨てた。

3.日本酒よお前もか!
 歳と共にアルコール分解性能が落ちてきたのだと思う。以前は頑健鉄の如しだった我が胃袋だが、自家製果実酒のアルコールで異常事態を引き起こすなんて! いや、ほかに原因があるかもしれないのだが、問題は解決したことだし、めでたしめでたしではあった。
 こうして日本酒晩酌が復活したのだが、まもなく別の問題に気づくことになった。
 一人暮らしや出張の時は気付かなかったのだが、家族で暮らしていると夕食を割合としっかり食べるのだが、なぜか明朝に胃の膨満感があるのだ。孤食の夕食時は酒は呑んでも飯は食わなくて済むが、家族生活ではそうはいかない。その代わり晩酌は1合キッカリである。
 もともと1日2食主義なので、結局食べ過ぎにもなってしまう。この悩みに泣面蜂と来たのが朝の膨満感だ。家族との食事は大切にしたいので、酒を飲まないでみた。これが又うまくいってしまったのである。
 1日2食主義は大阪の甲田先生の説だ。また、若い時から定期的な断食の習慣もあって、胃を休ませる効用もよく知っていた。ここは少し中途半端だけど、酒の負荷を減らす方に決断したのです。晩酌はやめました。この甲斐あって、胃の負担は相当軽くなったと思います。

⒋晩酌はやめたけど
 晩酌はやめても、お酒をやめたわけではないです。
 来客や会合など、酒席では飲みます。

 部落の祭りや会合では堂々と飲みます。あくまでも自主的な晩酌停止だし、飯を食わない限り体調に異常など出ないです。明らかに、家庭で酒ばかり飲んでるわけにはいかないけど、人々とのコミュニケーションには当然必要なツールだと思っています。だから、部落の会合、サークルや同窓会などは積極的に参加して大いにに飲みまくっています。

2020年3月5日木曜日

山の歌をやってみる

23.守れ権現

守れ、権現、夜明けよ、霧よ、 山は命の禊場所。
行けよ、荒れくれ、どんどと登れ、 夏は男の度胸だめし。

何を奥山、道こそなけれ、 水も流るる、鳥も啼く。
馬子は追分、山樵は木遣、 朝は裾野の放し駒。

風よ、吹け吹け、笠吹きとばせ、 笠は紅緒の荒むすび。
雨よ降れ降れ、ざんざとかかれ、 肩の着筵も伊達じゃない。

山は百萬石、木萱の波よ、 木萱越ゆれば、お花畑。
雪の御殿に、氷の岩窟、 瀧は千丈の逆おとし。

さあさ、火を焚け、ごろりとままよ、 木の根枕に嶺の月。
夢にゃ鈴蘭、谷間の小百合、酒の肴にゃ山鯨。

守れ、権現、鎮まれ山よ、 山は男の禊場所。
雲か空かと眺めた峰も、今じゃわしらが眠り床。

歌はこんな感じ❣️

2019年12月12日木曜日

東北大学山の会 山の唄を歌う会

12月8日の会合の様子です。
変な画像が紛れ込んでいるのと、漏らしたものがあるようですが、とりあえずTESTということで堪忍してください❣️